秀808の平凡日誌

第壱拾七話 陰謀

 天上界の更に高高度にある、星々の輝く暗黒の世界。

 天使達の間では『宇宙』と呼ばれている広大な領域にポカンと浮かぶ平べったい岩塊に、クロード達はいた。

 この岩塊はかつて『エンジェルス・グレイヴ』…『天使達の墓場』と呼ばれ、多くの天使達が埋葬された場所だった。

 だが、数千年前に起こった地下界の悪魔達と天上界の天使達による大戦争により破壊され、こうして宇宙に漂いつづけているのである。



 漂ってきた木片を手で払いのけながら、クロードは案内役の追放天使に聞いた。

「…なんなのだ?この荒れ果てた場所は?」

 すると追放天使は、静かに呟く。

「…ここは、かつての仲間達の遺骸が葬られていた場所…数千年前に起こった戦争によって、前とは見る影も無く破壊されつくしてしまった、我等の墓場でございます」

 ―成る程。そう言われてみると、たしかに墓標によくあるような崩れかけた石製の十字架や、長年放置され萎れている花などがあたりに見て取れた。おそらくさっき払いのけた木片は、棺桶か何かの破片なのだろうか?

 そう考えると、この場所がなにとなく恐ろしく感じてくる。常人を遥かに凌駕する力を持っているクロードとて、人間である。恐れることもあれば、喜びや怒りももちろんある。だからこそこの場所で彼等追放天使が何をしようというのか、怖いのである。

 だが、隣を歩いている紅龍は何も感じないのか、と思わせるほど表情を変えない。こういうときだけ、クロードは人間であってよかったとつくづく感じる。

 そしてクロード達は、案内役の追放天使が入っていった小さな教会に誘われるように入っていった。



 ―仲間の追放天使が連れて来た『協力者』を,同じ追放天使であるスノウは、その2人をいぶかしげな目で迎えた。中にいた天使は、スノウの他にも30人ほどがいた。

 協力者が、地上に降りていた天使がきたのであれば喜んで迎えたものを、よりによって人間の青年と龍人である。どちらも顔は整っており、美しいとさえ見えた。2人はこちらを信用しているのだろうが、こちらから相手への信用性は全くなかった。協力に感謝はしているが。

 人間の青年の方は何か恐怖でも感じているのか、顔が強張っている。まるでここで我等がすることが間違っているとでもあるような目つきで。

 そう思うと唐突に怒りが込み上げてきたが、その怒りはもう一人の龍人の顔を見てすぐに冷めてしまう。

 青年とは対照的に表情には恐れや緊張などの類は全く感じられず、これから我等がやる事に期待感を感じてでもいるような冷徹な表情だ。今までスノウが生きてきたなかでこのような者は見たことも無かった。

 連れて来た案内役の同士が2人の名前を教えてくれた。青年はクロード、龍人はゼグラムと言うらしい。

 スノウは自分から手を差し出し、挨拶を求めた。

「…はるばるとご協力の為の遠征感謝する。今回の作戦の指揮をとるスノウ・ラディッツだ、どうぞ宜しくお願いする」

「クロード・セロです。こちらこそ宜しくお願いします。」

 青年も差し出された手を握り返し、紅龍も口元に笑みを浮かべながら挨拶を返す。

「…私はゼグラムです。スノウ殿、我等両方の目的の遂行のためにどうぞ宜しくお願いしたい。」

 ゼグラムがスノウの手を握り締めた時、スノウの体を何かが駆け抜けた。

「!?」

 何かされたのか?と自分の手の平を返してみたが、変化は何一つ無くいたって平常であった。

 その様子に気付いたのか気付かないのか、ゼグラムが言葉を続けた。

「スノウ殿、私とクロード殿は来たばかりで何をしようものか理解ができていない。詳しく説明をご教授願いたいのだが宜しいかな?」

「あ、あぁ…」

 ゼグラム等3人は、数十人の天使達と共に奥の部屋へと歩んでいった。



「なんなのだ?これは…」

 連れて行かれた部屋の中央には、何やら奇妙な物体が置いてある。その物体は音一つ出すことも無く、中央にそれはあった。

「これは、破壊されたこの墓場をここまで移動させるのに使った、いわばエンジンの動力部のようなものです。クロード殿」

 スノウが明確に説明を加える。ここまで歩く途中、彼等が今回の『作戦』を説明してくれたため、これがどれだけ大切なものか少し理解ができた。

 つまりこの天使達はこのエンジンを起動させ、現在の天上界の大宮殿の上にこれを叩き落そうというのである。

 確かにこれほど破壊力のある兵器はないだろう。

「…それで、この動力部を起動させるために貴方の力が必要なのです。ゼグラム殿」

「…ほう、なぜ私の力が?」

 スノウは動力部のコントロールパネルにある小さな注入口を指差した。

「…貴方は、今までに数多の魂を自分の力にしてきたと聞いています。その魂を一つ、この投入口に分けていただきたい。」

「…ふむ」

 ゼグラムは静かに近づき、注入口に手をあてる。

「……いいでしょう。私の魂の一部、貴行等の作戦の成功のために捧げよう。」

「…有難う御座います」

 そして紅龍が魂を注入すると、その動力部が鈍い音を立てながら起動した。


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